
導入:なぜ今、「次世代リーダーが育たない」と感じる企業が増加しているのか
昨今、多くの企業において「次世代リーダーの育成」が経営上の最重要課題として掲げられています。経済産業省が提唱する「人的資本経営」の潮流もあり、人材を「コスト」ではなく「資本」と捉え、投資を行っていくことの重要性が社会的に認知されてきました。しかし、人事部門や経営層の皆様からは、「期待している管理職候補の育成がなかなか進まない」「現場でリーダーシップを発揮し、事業を牽引できる経営人材が育たない」という切実なお悩みを頻繁に伺います。
実際、次世代リーダー育成に向けて多額の投資を行い、様々な取り組みを始めてはみたものの、期待した成果に結びついていないと感じるケースは決して少なくありません。この経営人材の育成における課題は、業界の特性や企業の規模を問わず、共通して見られる現象となっています。
では、なぜ次世代リーダーは育たないのでしょうか。
その根本的な原因は、多くの場合「対象となる個人の資質や能力の不足」にあるわけではありません。むしろ、「組織構造」の歪みや、「育成の仕組み(サクセッションプラン)」そのものの設計不良に起因しているケースがほとんどなのです。
本記事では、経営人材の育成が進まない真の理由を構造的に紐解き、次世代リーダー育成に向けた計画の作り方や、外部の教育施策(研修など)を導入する前に社内で整理すべき不可欠なポイントについて、順を追って詳細に解説いたします。
「次世代リーダーが育たない」と感じる背景の構造分析
「次世代リーダーが育たない理由」を深掘りしていくと、主に「事業環境の変化」「組織構造の限界」「育成設計の欠如」という3つの軸に分けることができます。課題を個人の能力不足や意識の低さとして片付けるのではなく、まずは自社の状況を以下の3つの視点から客観的かつ構造的に分析することが重要です。
1. 事業環境の急激な変化による求められる役割の高度化
現代のビジネス環境は不確実性が極めて高く(VUCAの時代)、過去の成功体験や既存のビジネスモデルがそのまま将来の成功を保証するものではなくなっています。そのため、次世代リーダーには、単に既存の業務プロセスを円滑に回すオペレーション能力だけでなく、新しい価値を創造し、未知の経営課題に対処する高度な意思決定能力が求められます。
しかし、現実の事業現場では日々の目標達成やトラブル対応に追われ、中長期的な視点を持って戦略を練る余裕が失われています。経営層が期待する「変革を牽引するイノベーション志向のリーダー像」と、現場で実際に高く評価される「業務遂行能力が高く、ミスなく実務をこなすプレイヤー像」との間に大きなギャップが生じていることが、経営人材が育たないと感じる要因の第一に挙げられます。
2. 組織構造の限界と管理職のプレイングマネージャー化
「管理職候補の育成が進まない」という課題の裏には、現在の管理職がプレイングマネージャー化しており、後進の育成に割く時間的・精神的な余裕が全くないという深刻な組織構造の問題が潜んでいます。
多くの企業では、現場の最前線で高い個人の成果を出した優秀な人材が、そのまま管理職に登用されます。しかし、彼らは自身の高い業務目標(個人ノルマ)を達成しながら、同時に部下の指導や組織マネジメントも行わなければなりません。「部下に任せて失敗されるくらいなら、スキルの高い自分がやった方が早く確実だ」という思考に陥るのは、個人の性格の問題ではなく、そうせざるを得ない環境に置かれているからです。
また、人事評価制度において「個人の業績」が重んじられ、「部下の育成」に対する評価ウエイトが低い場合、管理職は当然のことながら自身の数字達成を優先します。人事制度は単なる評価の仕組みではなく、「会社が社員に何を求めているか」を示す強力なメッセージです。このように権限委譲が進まず、育成が評価されない組織構造のままでは、次世代のリーダーが意思決定の修羅場を経験する機会が奪われ、いつまで経っても自律的な経営人材が育たない負のサイクルが固定化されてしまいます。
3. 育成設計の欠如と場当たり的な対応
サクセッションプラン(後継者育成計画)が明確に描かれていないことも、育成が進まない大きな要因です。とくに中小企業においては、体系的な育成計画の作り方が確立されておらず、欠員補充の延長線上で、その時々の都合に合わせて場当たり的に人材をアサインしてしまうケースが多く見受けられます。
「自社の5年後、10年後を見据えたときに、誰を、いつまでに、どのような状態に引き上げる必要があるのか」という中長期的な育成設計がないまま、単発の外部研修を実施するだけでは、次世代リーダーは決して育ちません。経営戦略と密接に連動したサクセッションプランの構築が、リーダー育成の前提条件となるのです。
多くの企業が最初に間違える「後継者育成計画の始め方」
次世代リーダーの育成に強い危機感を感じた際、多くの企業が陥りやすい典型的な「落とし穴」が存在します。後継者育成計画の作り方を模索する中で、以下のようなアプローチをとっていないか、ぜひ自社の状況を振り返ってみてください。
研修を実施すれば解決するという思い込み
「次世代リーダーが不足しているから、とりあえず外部のリーダーシップ研修を実施しよう」という意思決定は、最も頻繁に見られる間違いの一つです。
もちろん、経営に関する最新の知識の習得や、他業界の事例を知ることで視野を拡大するといった意味で、外部の教育機会を提供すること自体は有益です。しかし、「良い話を聞いて、モチベーションが上がって終わる研修」では、現場の行動変容は決して起こりません。個人の一時的な意識改革に依存するのではなく、学んだ知識を現場で実践できる組織構造や、挑戦を許容する権限委譲の仕組みがセットになっていなければ、研修の投資効果はすぐに失われてしまいます。
人事部門や外部への「丸投げ」
経営人材の育成は、経営トップや事業部門の責任者自らが主体となって取り組むべき、最も重要な経営課題です。しかし、これを人事部門の単独業務として扱ってしまったり、外部の教育・コンサルティング機関に完全に丸投げしたりしてしまうケースが散見されます。
次世代リーダーとは、自社の理念や歴史、経営戦略を深く理解し、体現しながら事業を牽引していく存在です。そのため、現場のリアルな事業課題と切り離された教室の中で、一般的なマネジメントスキルだけを学ばせても、自社の文脈に即した真のリーダーシップは養われません。経営陣が自らの言葉で会社の未来を語り、候補者と対話するプロセスが不可欠です。
個人の努力とモラルに依存するアプローチ
「もっと当事者意識を持ってほしい」「もっと経営者目線で仕事をしてほしい」といった言葉で、組織の課題を個人の意識やモラルに帰着させるアプローチも非常に危険です。
私たちが常に強調していることですが、当事者意識というものは、精神論的な意識改革から生まれるものではありません。適切な情報が開示され、権限と責任を与えられる「組織設計」から自然と生まれるものです。個人が経営者目線を持てないのは、経営に関する重要な数字(原価や利益率など)が共有されていなかったり、意思決定のプロセスに関与できる仕組みが存在しなかったりするからです。問題を「人」ではなく「構造」の観点から捉え直すことが、実効性のある育成計画の第一歩となります。
次世代リーダー育成を考える前に整理すべき3つの問い
安易な手段や流行りのプログラムに飛びつく前に、まずは自社の状況を俯瞰し、以下の3つの問いを整理することが不可欠です。このプロセスを経ることで、初めて自社にフィットした実効性のあるサクセッションプラン(後継者育成計画)を描くことができます。
1. 対象者は誰か(要件定義)
「次世代リーダー」という言葉が指す対象は、企業のフェーズや規模によって大きく異なります。将来の経営を担う役員候補(経営幹部)を指すのか、一つの事業を統括する事業部長クラスなのか、あるいは将来の現場の中核を支える部課長層なのか。対象となる階層によって、求められるスキルセットや経験値は全く異なります。
まずは、自社の数年後の事業戦略を見据え、「どのような役割を担う人材が、どの部門に何名必要なのか」を具体的に定義する必要があります。とくに中小企業においては、大企業のように潤沢な人材プールが存在しないため、事業承継を見据えた「数人の明確な後継者候補」の要件定義と選抜が急務となります。ここが曖昧なままでは、対象者の選定基準も、その後の育成方針もブレてしまいます。
2. 期待役割と権限は何か(組織設計)
対象者が明確になったら、次に彼らに期待する「役割」と、それに伴う「権限」をセットで考えます。
よくある失敗例として、「経営者目線で新しい事業の柱を考えてほしい」と高い期待をかけながら、実際には予算の決裁権も、必要な社内データへのアクセス権も与えていない、という矛盾が生じているケースがあります。新しい役割と高い成果を期待するのであれば、それに見合った権限を付与し、人事評価の基準も見直す必要があります。
前述の通り、人事制度は「組織が何を重要視しているか」を示すメッセージです。役割、権限、そして評価を完全に連動させた組織設計を行うことが、次世代リーダーが本気で課題に取り組むための土台となります。
3. 「成果イメージ」は知識の活用か、実践か
育成を通じてどのような状態を目指すのか、その成果イメージを解像度高く明確にします。ここで極めて重要なのは、「知識の活用」と「実践」の違いを正しく認識することです。
ビジネススクールで学ぶようなフレームワークや理論を、実際の業務に当てはめて分析してみることは、あくまで「活用」にすぎません。一方、「実践」とは、自社の複雑な人間関係や部署間の壁、予算やリソースの厳しい制約といったリアルな障害を泥臭く乗り越え、周囲を巻き込みながら最終的な事業成果を創出していくプロセスそのものを指します。
次世代リーダーに真に求められるのは、綺麗な企画書や分析レポートを書く「活用」のスキルだけでなく、抵抗勢力を説得し、組織を動かして変革を成し遂げる「実践」の経験です。したがって、育成計画には、この「実践」の場(例えば、社内横断プロジェクトのリーダーに任命するなど)を意図的かつ計画的に組み込む必要があります。
研修は手段の一つに過ぎない、というIBEXの視点
私たち株式会社アイベックス・ネットワーク(IBEX)は、2001年の創業以来、「組織問題は『人』ではなく『構造』から生まれる」という一貫した哲学を持ち、人財育成・組織開発のプロフェッショナルファームとして企業の課題解決を支援してきました。
そのため、お客様から「次世代リーダー育成のための研修をお願いしたい」というご相談をいただいた際も、「研修ありき」を前提として安易にプログラムの提案を進めることは決してありません。
なぜなら、研修はあくまで、組織の課題を解決し、経営の意思を実現するための「手段の一つ」に過ぎないからです。
組織構造に明らかな歪みがある状態や、評価制度との連動性が完全に欠如している状態で、どれほど質の高い研修を実施したとしても、受講者のモチベーション向上は一時的なものに留まり、数週間後には元の状態に戻ってしまいます。私たちは、お客様との丁寧な対話を通じて組織の現状を診断し、時には「今の組織状態では、研修を実施するよりも、まず部門間の情報共有の仕組みや評価基準(構造)を見直すことが先決です」と率直に提言させていただくこともあります。
次世代リーダー育成において本当に必要なのは、単発の研修イベントを実施することではありません。顧客企業と協働で本質的な課題を設定し、トップの意思が現場で実現されるまでのストーリーを描く「シナリオライティング」です。組織の実情に合わせた丁寧な診断を行い、現場で実践できる環境(構造)を整えてはじめて、研修という手段が真価を発揮するのです。
IBEXの考える次世代リーダー養成の基本
では、構造的な課題を整理し、実践の場を整えた上で、具体的にどのように次世代リーダーを養成していくべきでしょうか。IBEXが提唱する次世代リーダー養成の基本的な考え方は、以下の要素に集約されます。
MBA知識とアクションラーニング(AL)のハイブリッドによる複合実践
次世代リーダーには、自部門の局所的な利益や都合だけでなく、会社全体を俯瞰して最適な判断を下す視座が求められます。そのためには、経営の共通言語である「経営戦略」「マーケティング」「アカウンティング・ファイナンス(財務・会計)」「組織・人事」の基礎知識が不可欠です。
しかし、これらの要素を分断された個別の科目として学ぶだけでは、現場での実践には繋がりません。経営とは、これらすべてが複雑に絡み合った「一つの繋がった体系」だからです。例えば、新しいマーケティング戦略を立案すれば、それに伴う財務的な投資対効果(アカウンティング)の検証が必要になり、新たな戦略を実行するための組織体制の変更や評価指標の見直し(組織・人事)が連動して求められます。
弊社代表・新井健一の著書『事業部長になるための「経営の基礎」』および『同Ⅱ』(生産性出版)でも詳しく解説している通り、経営の基礎を体系的に捉え、それらが自社の事業活動にどう連動しているかを構造的に理解することが重要です。
そして、体系的に習得した知識を、自社のリアルな事業課題の解決にぶつける「アクションラーニング(AL)」を組み合わせます。学習(インプット)と実践(アウトプット)を往復するハイブリッドな環境を提供することで、知識の単なる「活用」にとどまらない、本質的な「実践力」を鍛え上げます。
不確実な時代(VUCA)を勝ち抜くための3つの要件
これからの次世代リーダーには、上記の経営体系の理解に加えて、以下の3つの能力・意識がより強く求められます。
- 情報収集力
社内外のわずかな変化を敏感に察知し、自ら一次情報を取りにいく姿勢です。過去の延長線上にあるデータだけでなく、未来の兆しを読み解き、自社の事業に対する仮説を自律的に立てる力が不可欠です。 - 会計・ファイナンス力
「この事業は本当に儲かるのか」「投下した資本に対してどれだけのリターンを生み出しているのか」を、正確な数字に基づいて語れる能力です。現場の優秀なリーダーから、全社視点を持つ経営人材へと脱皮するためには、財務的な視座に立ったシビアな意思決定が欠かせません。 - コンプライアンス意識と組織風土の醸成
近年多発する企業不祥事は、個人のモラル低下が原因ではなく、物が言えない硬直化した組織風土や、達成不可能な無理な目標設定といった「構造」から引き起こされます。「してはいけないこと」を知識として学ぶだけのコンプライアンス研修は空回りしがちです。次世代リーダーは、法令遵守はもちろんのこと、現場のプレッシャーの中でも正しい行動を選択できる健全な組織設計と、心理的安全性の高い風土醸成を担う重い責任があります。
選抜された部課長や後継者候補に対し、これらの視座を持たせ、実際の経営課題の矢面に立たせる。そして、その過程で生じる様々な壁や葛藤を乗り越える経験を積ませることが、真の次世代リーダー育成へと繋がります。
まとめ:次世代リーダー育成の第一歩は「自社の現在地」の把握から
本記事では、「次世代リーダーが育たない」と感じる理由を構造的に紐解き、後継者育成計画(サクセッションプラン)の作り方や、外部研修の実施前に整理すべき重要なポイントについて解説いたしました。
最も重要なことは、育成の停滞を「候補者個人の資質や意識」のせいにせず、事業環境・組織構造・育成設計の観点から、自社の課題を真正面から直視することです。経営戦略、マーケティング、財務、人事を一つの繋がった体系として捉え、知識の習得だけでなく「実践」の場を組織構造として設計することが、経営人材育成を成功させる最大の鍵となります。
「自社において、次世代リーダー育成を阻む真のボトルネックはどこにあるのか?」
「現在の組織構造や評価制度の中に、育成を阻害する無意識のメッセージが潜んでいないか?」
まずは、これらの問いに対して、自社の現在地を客観的かつ冷静に整理することが、すべての取り組みの出発点となります。
アイベックス・ネットワーク(IBEX)では、企業が抱える組織課題を整理し、客観的な視点から現状を俯瞰するためのツールとして、「AI思考実験」をご用意しております。自社の組織構造や育成に関する現状の悩みを入力していただくことで、課題を構造化し、新たな視点や気づきを得るきっかけとしてご活用いただけます。
次世代リーダー育成の本格的な計画を立案する前に、ぜひ一度、自社の状況を整理するための「思考の壁打ち相手」としてお役立てください。