経済産業省 人的資本経営 ~人材の価値を最大限に引き出す~
研修効果の指標化と評価指標
1.作業の概要
(1)作業目的
この検討作業は、研修効果測定の最終ゴールである効果の把握そのものになります。
個々の研修の背景となった人材育成ニーズについて、各研修コースがどの程度達成に貢献したかを測定するための方法を検討し、運用可能な状態にすることが目的です。
求める研修効果の実現状況を把握するためには、幾つかのステップに分けた検討が必要になります。
まず、研修効果をラーニングスコアカードのどのレベルで測定するのかという判断です。
人的資本経営と言われる昨今ですが、やはり全ての研修の効果が、財務諸表に表示可能であるとは限りません。
むしろ、そのような例は希で、ほとんどの研修では、受講者自身に起きた変化を把握することが中心になります。
研修効果を測定するレベルが定まったら、具体的にどのような指標を用いて効果を表現するかを検討します。
この場合に、技術的に測定が可能なデータをもとに、水準を表現することが可能な指標を選ぶことがポイントです。
さらに、データ自体の収集方法を検討します。
テスト、観察等の方法の中から、その効果の把握のために投入可能な予算との対比により、経済的に実現可能な方式を選択します。
(2)成果目標
ここでは、以下の3点を成果目標とします。
①研修効果をどのレベルで測定するかを決定します。
②効果を表現するための指標を定めます。
③指標を計算するためのデータを収集する方法を決定します。
(3)検討手順
以下の手順に従って検討を行ないます。
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検討項目 |
検討内容 |
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1 |
研修ニーズの確認 | これまで検討してきた各研修の背景となるニーズを確認します。 |
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2 |
測定レベルの決定 | 効果をラーニングスコアカードのどのレベルで把握するかを決定します。 |
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3 |
指標の設定 | 決定されたレベルでの効果を表現するための指標を検討し選択します。 |
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4 |
データ収集手段の選択 | 指標を計算するためのデータを収集する合理的な方法を検討します。 |
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5 |
運用方法の検討 | 研修を実施プロセスに、どのような形で効果測定を組み込むかを検討します。 |
2.ラーニングスコアカードの考え方
(1)基本的な考え方
ラーニングスコアカードは、バランススコアカードと同様に、組織の中で変革が実現されるプロセスを、バリューチェーンの考え方で把握しようとするものです。
最終的な研修の効果は、財務数字に反映されることで実現されると考えられますが、その前段階で、組織変革、個々人の行動の変化、及び能力の向上が、変革の先行指標として把握可能であるという認識に立ち、それぞれの変化の度合いを測定しようとするものです。
(2)4つの視点
① 「能力」の視点
研修の結果として、受講者が個人として能力の向上を達成できたかどうかを見ようとするものです。
ここでいう能力とは、研修のニーズとして定義された能力のことで、意図した能力が向上していない場合には、この視点からの効果が認められません。
これらの能力向上は副次効果として扱います。
② 「行動」の視点
主として研修の結果として身につけた能力を活用して、日々の業務行動に変化が見られたかどうかを見ようとするものです。
この場合の行動変化も、上の能力と同様に、研修ニーズとして定義された変化であるということがポイントです。
ただし、当該行動が最終的に研修で意図した効果を実現できていれば良いということで、意図した行動変化に準じる変化をも含めて効果とすることも可能です。
③ 「組織変革」の視点
行動の変化がおきたとしても、必ずしも組織変革につながるとは限りません。
組織を変化させるには、個々人の行動だけでなく、その行動を是とする意思決定の実現や、集団としての行動変化につなげる必要があります。
この視点は、そのような変化が組織内で実現できているかどうかを見ようとするものです。
④ 「財務」の視点
売上高や各種の利益向上、在庫回転率、付加価値等の主として財務諸表上に表現することができる変化を見ようとするものです。
必ずしも財務諸表に記載される事項に限るものではなく、店舗における客単価の向上のような変化も、財務的な視点で把握できる変化として扱うことも可能です。
(3)ラーニングスコアカード運用の実際
上で紹介したラーニングスコアカードは、研修効果測定の基本的な考え方を整理したものであり、各組織の人材ニーズや人材戦略の実態を考慮したものではありません。
その構造は一般的なものであり、そのままの形での運用に十分耐え得るものですが、視点の変更により、各組織にとってより使い勝手の良いものに改良して運用することも可能です。
3.指標化の方法
(1)基本的な考え方
一口に指標といっても、表現しようとする対象により様々な形式が考えられます。代表的な指標の種類について整理します。
① 線形数値による指標
最も一般的な指標です。
代表的なものに、売上高、部門別平均課題件数、商品別クレーム件数等があります。
財務分析などで使用される指標のほとんどがこの種の指標です。
また、整数や自然数のみを許す指標と、小数点以下を含む実数全体を許す指標など、対象の性格により使い分ける必要があります。
また、営業利益高のように実数値そのものを指標とする場合と、売上高営業利益率のように対比により比率化を行なう場合があります。
比率化したほうが、講座間の比較や経年的な変化を追う上で便利です。
② 閾値(いきち)による指標
耳慣れない言葉ですが、評価水準を一定の区間に区切り、それぞれに名前や数字を当てはめて表現する種類の指標です。
例えば、「0点以上10点未満を区分1、10点以上20点未満を区分2・・・とする」などのような指標です。
各区間につける名前を、上の例のように明確に段階を表すものとする場合と、その区間に該当する対象の性格を表す言葉を用いる場合があります。
③ 定性表現による指標
結果として閾値による指標と似たものになりますが、「〇〇ができるレベル」というように、数字で端的に表現することが困難でも、第三者が客観的に見てそのレベルを判断可能な表現(定性的な表現)を用いて指標化を行なうこともできます。
④ 2値による指標
いわゆるオール・オア・ナッシングの指標で、「できた/できない」「ある/ない」というように、状態を2つに区分けして、そのどちらに該当するかということを指標として用いようとするものです。
(2)指標の種類の選択基準
指標の種類を選択する場合には、以下の順序で検討してください。
まず、原則として全ての測定対象の効果について、線形数値による指標を適用できないかどうかを検討してください。
そのものずばりの指標を得ることが困難な場合でも、代理指標を工夫して、できる限り線形数値による指標を設定するように努めてください。
線形数値による表現が不可能な場合やデータ収集コストが許容範囲を超えることが明確な場合には、閾値により指標化を行なってください。
その場合でもできる限り意味のある単位で区間を細分化するようにしてください。
最後に、定性表現または2値による指標化を検討してください。
特に2値による指標は、ある基準を境に該当/非該当に分けるため、効果の表現が粗雑に流れやすくなる点に注意してください。
4.指標例
(1)「財務」の視点の指標例
財務の視点からの効果測定の指標は、以下のような財務諸表分析で用いられる指標が中心となります。
会社全体としてみる場合、データ収集が容易ですが、
<実数値によるもの>
- 売上高
- __利益高
- __費
- 商品在庫高
<比率によるもの>
- 売上高伸び率(対前年比)
- 売上高__利益率
- 売上高__費率
- 商品回転率
財務諸表分析で一般的に用いられる指標以外にも、以下のようなものも財務の視点からの指標として用いることができます。
- 客単価
- 店舗当たり人件費
- 作業工程別__費
- 商品別メンテナンス費用
(2)「組織変革」の視点の指標例
組織変革の視点からの効果測定の指標は、制度改訂等を含む組織としての業務遂行方法の変更や、意思決定の傾向の変化などが含まれます。
指標は測定対象により様々ですが、以下のようなものが考えられます。
<線形数値によるもの>
- 作業工程数(増減、増減率)
- 作業時間(増減、増減率)
- プロジェクト予算の達成率
- 平均残業時間
- 当該業務の担当者数
- 担当者の直間比率
- 組織としての訪問件数
- 提案コンペの勝率
<定性表現によるもの>
- 権限委譲の推進度合い(特定意思決定の委譲状況)
- 課内会議の活性度(印象点)
(3)「行動」の視点の指標例
行動の視点からの効果測定の指標は、個人としての業務遂行状況の変更です。
指標は測定対象により様々ですが、以下のようなものが考えられます。
<線形数値によるもの>
- 個人としての平均作業時間(増減、増減率)
- 個人としての平均残業時間(増減、増減率)
- 個人としての企画書のページ数
- 個人としての訪問件数
- 個人としての平均顧客対面時間
- 個人としての訪問件数
<定性表現によるもの>
- プレゼンに対する自信
- 会議における発言の機会
(4)「能力」の視点の指標例
能力の視点からの効果測定の指標は、個人としての能力開発の達成状況です。
個人の内面の問題ですので、測定方法にテスト・論文などの工夫が求められます。
<線形数値によるもの>
- テストの点数
- 論文試験の評点(閾値表現が妥当なテーマも考えられます)
- 実技審査による技能評価点
<定性表現によるもの>
- 面談による印象
- アンケートへの回答(テストまでいかないもの)
5.測定方法
(1)測定方法の選択
組織として研修効果の測定にどの程度の資源を投入するかという意思決定により左右されますが、多くの場合、研修効果測定の重要性は認識しつつも、そこにまとまった費用をかけるという意思決定にはなりにくい傾向があります。
また、ある程度の費用投下が許される場合であっても、可能な限り効率的な測定を行なうことが望ましいことはいうまでもありません。
その意味で、測定結果の精度と測定に要するコストを適切なバランスに落ち着かせることが重要になります。
特に、検討段階で精度を求めるあまり、研修終了後にそのコストの大きさに実施を断念するといったことにならないよう、入念な検討が求められます。
(2)測定方法の比較
<測定対象に適した測定手法を選択する>
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測定対象 |
測定手法 |
活用上の注意点 |
| 満足度(受講者) | 事後アンケート | 事前に学習目的を明確化し伝達しておく。 (単なる印象点の把握になりがち) |
| 理解度 | 理解度テスト | 事前の能力水準を正しく評価しなければ意味をなさない。 |
| 講師コメント | 外部講師の場合、他社比較ができるが、学習の重点ポイントを明確にしなければ意味が薄い。 | |
| 意識の変化 | 論文審査 | 問題とされる組織風土等を整理し、それが改善に向かっていることを確認する論文のあり方を検討しておく。 |
| 事後インタビュー | 意識の変化を浮き彫りにできるインタビューポイントと質問方法、検証方法を検討しておく。 | |
| 行動の変化 | 行動観察 | 問題を含む行動様式の類型化と実態把握、観察方法を明確にしておく。 |
| 活動レポート | 求める活動の明示、活動実態の検証方法を用意する。 | |
| 組織(職場)革新の程度 | 組織診断 | 学習目的に合った診断ツールの選定、研修前の状態との比較法を検討する。 |
| 業績への影響度 | 業績指標(例:粗利率) | 研修の成果による影響が出やすく、ノイズの入りにくい指標を選定する。 |
<代表的な研修における効果測定の計画事項・事前準備事項>
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求める成果 |
計測方法(例) |
主な事前準備事項(例) |
| 品質検査技能の向上 | 実習形式の試験 | 獲得すべき技能の範囲とテスト項目を明確にし、その計測方法や点数分布目標を検討しておく。 |
| 財務知識の習得 | 財務知識テスト | 獲得すべき財務知識の範囲やレベルとテスト項目を明確にし、テストと採点基準、 点数分布目標を用意する。 |
| 公的な資格試験の合格 | 本試験/模擬試験 | 本試験の結果は合格者数のみの評価、模擬試験結果は合格可能等を含んで評価基準を用意する。 |
| コンプライアンス意識向上 | 倫理行動の観察 | 現状の業務で、コンプライアンス上問題を含む事象をチェックし、経過観察を可能にしておく。 |
| 営業部門の契約リスク低減 | 知識/判断力テスト | 学習内容の理解を前提とする応用問題を作成し、知識や考え方の変化を計測できるように用意する。 |
| 管理者能力開発 | 面接試験 | 身につけて欲しい管理能力の要点を明確にし、現在の本人の考え方を確認しておく。 |
| 次世代リーダ-の育成 | 事業企画案作成 | 事業企画案の評価ポイントを定めると同時に、それに合格できる者の人数目標を定めておく。 |
| 若手社員の創造性開発 | 提案活動の観察 | 目標を何の変化に置くかを明確にし、チェックポイントと計測方法を定め、上司に伝達して協力を要請する。 |
(3)運用にあたって
測定方法を含む研修業務の運用にあたっては、以下の点に留意する必要があります。
- 測定方法は、研修の企画段階で検討し、測定の重点ポイントを特定すること。
- 教材の開発と同時に準備を行なうこと。
- 測定の実施時期は対象により異なるが、不必要に期間をあけすぎないこと。
- 受講者や上司の協力が必要な測定にあたっては、受講前の了承を得ること。
- 効果測定の目的を明確化し、受講者に不安を与えないこと。
- 測定結果、及びその評価をフィードバックし、情報を公開すること。
- 評価結果を人材戦略に活用し、無駄な活動に終わらせないこと。
(関連コラム)
以上