※当コラムは、「弁護士JPニュース」に寄稿させていただいた原稿を一部加工修正したものです。
◇人事評価とパワハラに纏わる、ある裁判事例
こんな裁判と判決があった。
関西 NEWS WEB
コロナ禍で自主的在宅勤務“欠勤扱い不当”大阪市に賠償命令
05月17日 17時50分
これは令和2年、新型コロナウィルスが猛威を振るっていた当時、大阪市立の中学校教諭が自主的に在宅勤務をしていたところ、市側が勤務要件を満たしていないとして欠勤扱いにし、人事評価が最低になったことを「不当な対応」とし、大阪市に対して賠償などを求めていたものだ。
そして大阪地方裁判所は、大阪市に対して金銭の賠償を命じた。
人事評価とは当該組織から与えられた権限に基づいて行われるものであるが、権限を権力とはき違え、ハラスメント行為に及ぶ上司もいる。
◇パワハラ相談と人事評価、裁判所の判断
ちなみにハラスメントとは「相手のおかれている状況や環境に対する無知や無理解などから生じる“いじめ”や“嫌がらせ”」のことを指す。
そして、毎年労働基準監督署に数多く寄せられるパワハラ相談の中にも、人事評価と絡めた内容は勿論ある。
では、人事評価の適否を巡って裁判になったとき、裁判所が着目する要素はどのようなものか。
裁判所は次のような要素を総合的に考慮して判決をくだす。
①評価根拠の正当性
②評価プロセスの妥当性
③制度への準拠性
先ず①評価根拠の正当性であるが、評価者自身がきちんと把握できていない情報に基づいて評価し、かつその事実誤認がなければ評価結果が異なるものになっていた可能性があるかどうかを考慮する。
次に②評価プロセスの妥当性であるが、評価プロセスにおいて、上司自身の個人的な好悪や差別に相当する動機が存在するかどうかを考慮する。
最後に③制度への準拠性であるが、制度として定められている評価要素や基準をゆがめて評価しているかどうかを考慮する。
◇社会通念上、著しく妥当性を欠くとは
言い換えれば、「社会通念上、著しく妥当性を欠くと認められるかどうか」という点が判決に際して重要な要素となるということである。
ちなみに社会通念とは、社会一般に通用している常識または見解のことであるから、裁判所は上司がこれらに照らして大きく逸脱した人事評価をしたかどうかを見ているということだ。
なお、企業の人事担当者やコンプライアンス担当者、またハラスメント相談員などが一番手を焼いているのは、やはり③制度への準拠性に対して逸脱する人事評価者や管理職である。
このような人物を筆者は「我流の正義を振りかざす愚か者」と呼んでいる。
◇ありもしない人事評価項目を振りかざす上司
実際、ある事業所で「うちの職場に力仕事が苦手な若手社員がいて困っています。だってそれが理由で、彼を管理職に上げてやれないんですから」と真顔で話す管理職がいた。
もちろんその事業所、企業の人事評価に力仕事などという評価項目はひとつもない。
筆者はたまたまその人物の後ろに立っていた事業所長に目を向けたが、所長もあきれ顔で首を振り、その人物が立ち去った後、「現場で力仕事が職務遂行の妨げになるのであれば、それを改善するのが管理職の仕事です」と言っていた。
我流の正義を振りかざす愚か者も、自分が勤める会社の人事制度を知らないわけがない。
その企業では、少なくとも新任管理者には昇格時に、ベテランの管理者にも何年かに一度人事評価者研修を実施していることを筆者は知っている。
◇人事評価にまつわる管理職のリスクマネジメント
このような、管理職としてのリスクを自ら抱え込むような人物は論外として、評価者は可能な限り部下の行動や業績を正しく把握し、制度の趣旨に則った評価を行うように努めなければならない。
それでなくとも人事評価とパワハラはその関わり合いやすいからだ。
たとえば、職務上の職位が上位の者による言動として、人事評価権限が不公正に行使され、被評価者に不利益が生じた場合には、パワハラの疑いが生じる可能性がある。
したがって、評価者は評価基準を正しく理解し、制度の趣旨に則った評価を行うことが肝要だ。
人事評価の対象は、多くの場合、業務上の行動とその成果であるから、行動と成果のみを的確にとらえて評価し、業務と無関係な要素を評価対象としてはならない。
このように、原則としてプライベートな行動は評価対象とはならないが、それが業務に影響を及ぼした場合に限り、その影響の範囲で評価対象とすることがあり得る(例:私生活における違法行為が組織に損害を与えた場合など)。
◇人事評価において上司が絶対にやってはいけないこと
なお、人事評価において評価者が絶対回避しなければならないのが「人格」評価である。
人格評価とは、個人の内面を評価対象とすることであり、たとえば「責任感」という評価項目があった場合、「あなたは無責任だからマイナス評価である」という説明は危険である。
「○○の場面で、△△の行動をとったのは、あなたの職位に照らして責任ある行動とは言えない。ゆえにマイナス評価である」というような説明が好ましい。
令和4年4月1日から中小企業者にも労働施策総合推進法に基づく「パワーハラスメント防止措置」が義務化され(大企業は令和2年6月1日から)て久しい。
このように、不当な人事評価が訴えられる時代に、管理職、人事評価者は自らのリスクを認識し、我流の曲がった正義などに拘泥することなく、適切に対応することが求められるのである。
アイベックス・ネットワーク 代表 新井 健一